タヌキつきと言われたナオの神がかり
どんな伝承か
一八九二年の節分に始まったナオの神がかりは、十三日間とぎれとぎれに続いた。それがいくらか静まると、ナオは世を立て替えるほどの偉大な神が自分にかかったとはどうにも信じられず、近くの吉美村に住む算盤師という占い師を訪ねたり、法華の僧に頼んでつきものを封じる祈禱をしてもらったりした。四月には福知山の金光教会にも足を運んだが、教会長の青木松之助から、これはタヌキつきだと言われたという。神がかりを境に暮らしも変わり、ぼろ買いや糸ひきの仕事は思うに任せず、次男清吉の奉公先の紙屋から分けてもらった紙を近在の村々へ売り歩くのがおもな仕事になった。
原典より
四月には、福知山の金光教会を訪れたが、教会長・青木松之助は、タヌキつきであるといった。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。