松葉天狗に導かれた高熊山の岩窟
どんな伝承か
一八九八年の旧二月、村の侠客とのいざこざで暴漢に襲われ、祖母と母に諭された喜三郎は、壁に神名を書いて一心に祈りつづけた。後年の本人の話では、旧二月九日の夜半、洋服姿の見知らぬ男が雨戸を開けて入ってきて、富士山へ連れて行こうと言った。天狗なら鼻が高いはずだと言うと、今の天狗は何にでも化けると答えたという。松葉と名乗るこの天狗に布をかぶせられて気を失い、気づくと一週間後の旧二月十五日の朝、村に近い高熊山の岩窟に座っていた。断水・断食・無言の行で神人感合の境地に達したといい、のちに宗教者としての原点とされた。
原典より
喜三郎はそのまま気を失い、気づいたときは、一週間経った旧二月十五日(三月七日)の朝で、高熊山の岩窟の中にすわっていたという。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。