節分の日に艮の金神がかかったナオ
どんな伝承か
一八九二年(明治二十五)旧正月五日、新暦の節分の日、綾部でまんじゅう屋や糸ひきの賃仕事に暮らしていた出口ナオは、突然はげしい神がかりに陥った。神がかりになると身体が重くなり、腹に何かが宿った感じで、端座したまま身体が上下に揺れ、われ知らず大きな男の声が出たという。腹中のものはナオに寒中の水行を命じ、問答をすると『艮の金神である』と名乗った。狐狸ではないかと疑うナオに、その神は『三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になったぞよ』『この神でなければ世の立替えは出来ぬ』と答えた。こうして丹波の小都市綾部で大本教が開教した。
原典より
ナオが腹中のものと問答をすると、相手は「艮の金神である」と名乗った。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。