法廷を笑わせたイモ大根問答
どんな伝承か
一九三八年八月、京都地方裁判所で大本事件の第一審が開かれた。治安維持法違反を立証するには結社の証拠が要るため、法廷では、みろく大祭の後に王仁三郎が供え物を配った所作が問題にされた。裁判長は、リンゴ三個は宇宙の統一と王仁三郎の独裁の野心を、すみへの大大根は世界の皇后を、幹部への頭イモは旗頭を示すと決めつけた。王仁三郎は、リンゴ三個は仏教の身口意の三輪、大根は教主が人々を養う意味で、入婿の自分にあまり当たらぬようにとの洒落も込めた、イモは人知れず徳を積めとの諭しだと答え、法廷に笑いが広がった。のちに本人は、これはイモ大根事件だと語ったという。
原典より
みろく大祭の祭典後、王仁三郎はリンゴ三個をとり、すみに大大根と頭イモ、幹部に頭イモ一個ずつを授けた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。