武装警官隊による大本本部の急襲
どんな伝承か
昭和十年十二月八日未明、政府は十年余に及ぶ準備の末、大本教への第二次弾圧に踏み切った。武装警官の綾部大隊五個中隊と亀岡大隊六個中隊が京都御所ほか二十数カ所に集結し、大型市バスなどを連ねて出動、綾部と亀岡の両本部を包囲した。事前には見取図や各建物の構造、居住者調べまで周到に準備されており、治安維持法を適用しての検挙という、宗教団体に対する空前の攻撃態勢がとられたのである。
原典より
午前四時三十分、音を消すため靴をぞうりに履きかえた彼らは、ひたひたと"大本”本部百数十棟を包囲し、その網を徐々に狭めていった。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。