頭の上で水が散ったナオの水行
どんな伝承か
神がかりのあった夜、出口ナオは自分に入り込んだものを鎮めようとして井戸端へ出て、頭から水をかぶった。神への畏れとともに、神に使われる身を清めなければという思いもあったのか、その晩の水行は七度に及んだ。八度目をしようとしたとき、ナオよ、もうよいぞと止める神の声が聞こえた。それでも気の済まないナオがもう一度ざっと浴びると、不思議なことに水は頭の上で四方に散り、一滴も体にかからなかったという。
原典より
するとふしぎ、水はナオの頭上で四散し、一滴もかからない。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。