日清戦争と兵営を告げた予言
どんな伝承か
明治二十六年、出口ナオは『来年は支那(中国)と日本が戦争になり、日本の勝ちとなる』と予言した。さらに『福知山に営所ができ、舞鶴に鎮台ができて海に軍艦が浮かぶ、本宮山に天の御三体の大神のお宮が建つ』とも告げたが、当時は意味不明だった。翌年からの日清戦争、営所・軍港の設置、神殿建立が悉く言葉どおりに実現したと伝わる。
原典より
ところが(明治)二十七年に支那と戦争が始まって二十八年に日本が勝ってしもうた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。