材木屋の火事と座敷牢の四十日
どんな伝承か
一八九三年(明治二十六)四月十九日の夜、出口ナオの住まいから程近い材木屋で火事があった。ナオは日ごろ神がかりして『今のうちに改心致さねば、どこに飛び火がいたそうも知れんぞよ』と大声で叫ばされていたため、これが警察の知るところとなり、材木屋への放火を疑われて拘留された。こうしたことがあってから、ナオの長女ヨネとその娘婿は、座敷牢を造ってナオを閉じこめてしまった。ナオは、子供と自分の最後の拠りどころであった二間きりの小さな家屋とわずかな道具類を娘婿にゆずり渡すことを条件に、入牢四十日ののち、ようやく解放された。
原典より
ナオの住む所から程近い材木屋に火事があった。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。