トップ > 京都府の伝承 > 綾部市

字を知らぬナオが書いた筆さき

所在地京都府綾部市
年代明治26(1893)〜大正7
登場出口ナオ
出典亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界

どんな伝承か

座敷牢を出て無一物となった出口ナオは、神から意志の伝達を『筆さき』に変えると告げられた。だがナオは文字どおりの一文不知で、字をまるで知らなかった。神に言われるまま紙と墨と筆を買い、墨をすり筆を持つと、紙の上にひとりでに字が書けた。ナオには読めず人に読んでもらったが、誰も取り合わなかったという。こうして明治二十六年から、ナオが昇天する大正七年までの二十五年間、『筆さき』が書きつづけられた。半紙十万枚以上に及び、平仮名とわずかな漢数字のみで、句読点もなく、一ヵ所も書き直した跡がなかった。これが後に王仁三郎が漢字を宛てて『大本神論』となった。

原典より

しかも十万枚に及ぶ“筆さき”には、一ヵ所も書きなおしたあとがないという特徴をもっている。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)

『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。

種別から探す

自動書記筆さき

綾部市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』の伝承