柳の池に身を投げた唐糸姫
どんな伝承か
日輪沼は、うわぬまといって今は田になっているが、もとは柳の池とも呼ばれる大きな池であったという。北条時頼に思われた韓糸の前は、不行跡があると人に讒言されて津軽の郡へ流された。入道道崇となった時頼が正嘉・正元・文応の三年、世を忍んで行脚し、この地に至ると聞いた唐糸姫は、鎌倉にいたころの華やかな姿は失せ、花の庵に住みやつれた我が身を鏡に映すのも恥ずかしく、どうして君にまみえられようと嘆いて、柳の池に身を投げた。時頼は嘆きのあまり千僧を集め、ここに一七日山霊台寺を建てたという。姫の亡骸は埋められ、塚となって日輪沼のかたわらにあった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第2巻』は、岩手・宮城・秋田の三県に伝わる伝説を話の型ごとに集めた伝説資料集である。山の争いや沼の主の手紙、巨人の足跡、八郎太郎、ザシキワラシ、河童、掃部長者などの伝説を、口承の聞き書きと近世以降の地誌・縁起から採る。凡例のとおり各項は伝承地を示した例話を冒頭に据え、〔類話〕〔文献〕〔参考〕を続け、柳田・高木による話型名を添えた項もある。