沢崎に神子石神社を建てた太郎兵衛
どんな伝承か
『佐渡風土記』によれば、天智天皇の御代、土佐から流された三助と、能登(口碑では加賀とも、名はおとわとも)から流された女が棹崎、すなわち今の沢崎でめぐり逢って夫婦となり、共に稲を作ったという。二人を祀るのが松ヶ崎村丸山の男神山・女神山だとされる。国内で最も早く拓けた村はこの沢崎で、石碑によれば三助の長男太郎兵衛が母の意志を受けてこの地に来り、漁業を営みながら土地を開いた。その子孫は代々名に太郎の二字を継いで栄えたという。太郎兵衛は土地を守る神として神子石の上に祠を建て、神子石大明神として祀った。これが神子石神社の創立だと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。