九十九谷ゆえに本山を諦めた多田ヶ岳
どんな伝承か
若狭の多田ヶ岳は、役の行者あるいは弘法大師が開いたと伝えられる霊山である。大師はこの山に本山を構えようとしたが、谷の数が百に満たず九十九しかなかったため取りやめ、のちに高野山を開いたという。大和の大峰山と同じように、この地では青年になるとこの頂へ登って度胸だめしをし、それを経てはじめて一人前の男と認められたと語り伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第6巻』は、富山・石川・福井の北陸三県の伝説を集めた伝説集成の一巻である。神々の国争い、弘法大師や義経の遍歴、片目の魚、猿神や化物の退治など、伝承地を示した話を掲げ、県別の類話と古記録の文献記事を添える。巻末に福田晃の解説「主人公にたどる伝承世界」と、県ごとに近世の地誌から市町村史・民話集までを並べた使用資料一覧を置く。