修験者が持ち去った長福寺の鐘
どんな伝承か
『遠江国風土記伝』が記す長福寺の来歴である。寺は本郷にあり、安里の菩提寺であったことから安里山と号した。寺記によれば元慶八年に比叡山座主の智証大師が住んで中興し、大きな鐘が三つあったという。ところが長暦元年、修験者が寺に泊まって夜通し法義を論じたあげく、鐘を持ち去ってしまった。その鐘は今、大和国吉野郡の大峰山上に懸かり、銘には遠江国佐野郡原田郷長福寺鐘、天慶七年六月二日と刻まれている。宝治二年には工藤祐光が原谷を領して当寺を菩提院とし、明応三年と寛保二年の火災で諸堂を焼き、古い記録は絶えたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。