尽きぬ麺醤と木下長者の福厳寺
どんな伝承か
昔、兵庫の西に柳の大樹があり、その地を柳原といった。樹の下に木下源太という夫婦が住み、常に普門品を誦して観音を信じ、草鞋を作って暮らしていた。ある年の暮れ、異僧が訪れて一夜の宿を乞う。夫婦は供する食もない年の瀬だからと断ったが、僧は泊まっていった。翌朝、欠けた椀に薺の粥を出すと僧はこれを賞味し、竈の後ろの瓶を巡って経文を唱え、去った。その瓶を開けると中身は麺醤に変わり、近隣が乞うても尽きなかった。夫婦は富み、木下長者と呼ばれた。のち伽藍を建てようと材木を運ぶ船が和田岬で沈んだが、可禅という僧が竜神に祈ると巨大な鼈が浮かんで船を負い上げた。そこで殿塔を建てて尊像を安置し、巨鼈山福厳寺と号した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。