名月峠に落ちて死んだ姫の塚
どんな伝承か
名月姫はもと京都の殿上人の娘で、幼いころから仲の良かった男が、ある日姫を都に残して旅立った。何の便りもなく、丹波路の方へ行ったと聞いた姫は、邸を抜け出して豊能郡西郷村相原、今の名月峠まで来たが、喉の渇きを癒そうと谷間の水を掬もうとして誤って落ち、死んだという。播磨の大名の娘が恋人に会えぬ身をはかなんで入水したという説もある。土地の人は、婚礼の行列がこの塚の前を通ると縁が纏らないと信じ、遠回りをしてでも別の道を行く。妙見堂の所有者である能勢家の家記では、名月姫は源家包の後室で三松国春の娘とし、美貌が禍して清盛に召され、従わねば一家破滅と迫られて貞と孝の板ばさみとなり、十九で死んだとする。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。