子と鶯を葬った南長柄の鶯塚
どんな伝承か
摂陽群談は、鶯塚は同じ郡の南長柄村にあると記す。伝えによれば、昔この郷に富み栄えて近隣に知られた家があり、一人の子をたいそう可愛がっていた。その子は常に鶯を愛し、春を待っては夏の訪れを惜しんだが、歓楽の極みにいくらもたたず世を去った。鶯もまた餌を食べずについに落ちて死ぬ。父母はひどく嘆き、子と鳥をともに田園のかたわらに埋めて塚とした。それゆえ時の人が鶯塚と呼び伝えたという。一説には孝徳天皇が長柄豊碕に宮を造った際、皇后の遺骸を納めた塚ともいうが、確かではない。毎年元朝、この塚のあたりで鶯の初音が聞かれると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。