鬼石を囲んで舞う数方庭の起こり
どんな伝承か
数方庭は八月七日から十三日まで長府の忌宮神社で営まれる。この名は、忌宮神社の神宮寺で行われていた修方庭という念仏の講習に由来し、いまの行事とはもともと別のものであったという。仲哀天皇の頃、新羅の塵輪を豊浦の宮で討ち、土に埋めて大石で覆った。その鬼石を囲んで舞い、出征や勝利を祝ったのが行事の始まりで、修方庭という字面と混じり合いながら受け継がれた。女たちが持つキリコは、神功皇后の凱旋を油筒の火で迎えた故事によるが、徳川の世からは笹に燈籠を吊す形に変わったと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。