化生寺の開山源翁と殺生石の伝
どんな伝承か
『作陽誌』は、玉雲山化生寺が高田村にあり、三浦下野守貞宗の創建だと記す。開山には源翁心和尚を迎え、本尊は聖徳太子作と伝える十一面観音、鎮守の玉雲権現が世にいう玉藻だという。同書は源翁の伝も載せる。宴の夜、帝の寵姫玉藻前が身から光を放つと、占いで妖の仕業と知れ、狐に化けて東国へ逃げた。三浦介義明らが下野の那須野で射殺したが、百年余ののち霊は石となり、触れる鳥獣も人も死ぬので殺生石と呼ばれた。勅を受けた源翁が偈を唱えて杖を一打すると石は砕け、その夜、装いを凝らした女が現れ、浄戒を得て天に生まれると礼を述べて消えたという。のち貞宗は勝山の城に祠を建て、城が廃れてから化生寺の境内へ移したと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。