生石へ帰りたいと泣いたつくばいの石
どんな伝承か
岡山の後楽園は藩主池田綱政が津田永忠に命じて造らせ、元禄十三年に完成した。その完成前、つくばいにする石を領内に探させたところ、六条院中村の名主平井氏の土地によい石が見つかり、岡山城へ持ち帰った。石のいただきに水を入れる穴を掘らせると、そこから真赤な血汐が噴き出した。その夜、石屋は仕事場から「生石へいのう、生石へいのう」という悲しげな声を聞き、行ってみると石が泣いていた。永忠から報告を受けた殿様は、石でも古里は恋しいものかと言って石を返させた。石はふたたび十里の道をかつがれて生石へ帰り、里人は守り神として名主の畑の道端に祀った。これが生石皇様の由来だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第10巻』は、全国の伝説を型ごとに分けて集めた叢書の一巻である。岡山・広島・山口の三県を伝承地とし、蘇民将来、吉備津彦と温羅、厚狭の寝太郎、化け猫、河童駒引き、夜泣き石、姥棄て山などの伝説を、聞き書きや市町村誌、民話集から採って収める。「文化叙事伝説」と「自然説明伝説」の部に分けて番号順に並べ、各話には伝承地と本文のあとに〔類話〕と近世の地誌などを引く〔文献〕を添える。