酒折宮で交わされた連歌の始まり
どんな伝承か
景行天皇の御代、日本武尊が東征のおり甲斐へ入り、坂折の天神宮に泊まられた。尊が、新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる、と詠みかけると、燭を持つ翁がすかさず、かかなべて夜には九夜日には十日を、と返した。これが日本の連歌の始まりだと伝えられる。新治は常陸の郡の名である。以後、宗祇をはじめとする連歌師たちはみな甲斐へ下り、この坂折天神宮に参詣するようになったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。