鉦を手に埋められた夫婦橋の人柱
どんな伝承か
万治二年、三浦の海辺で内川新田の開発が進められていた。難所は新田を貫く平作川に橋を架けることで、完成間近というところで川が氾濫して橋は流された。責任者の砂村新左衛門と村人が再び取りかかったが、これも暴風雨で流失する。水神の祟りを鎮めるには人柱しかないという話になったが、娘を差し出す者はいない。やがて村内の貧しい家の娘が、両親の拒みを聞いたうえで自ら承知した。娘は化粧して白装束で棺に入り、鉦を持たされて橋の場所に埋められた。四日目に鉦の音は絶え、工事は流されることなく寛文七年に成った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。