吉田新田の人柱おさんとお三の宮
どんな伝承か
いまの伊勢佐木町のあたりは、もとは入り海であった。江戸の初め、豪商の吉田勘兵衛が十年ほどの歳月と八千両を投じてここを埋め立て、吉田新田を開いた。寛文七年に完成し、その六年後の寛文十三年九月、新田を守る神として日枝神社がまつられる。土地の人がこれをお三の宮と呼ぶのは、難工事に苦しむ勘兵衛の嘆きを聞いた下女のおさんが、恩返しにと自ら人柱を願い出たという言い伝えによる。おさんの立った場所は神社とも蓬莱橋のたもととも伝わり、祭りの日に必ず降る雨は、おさんが化粧をする湯あみの雨といわれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。