炒り豆の由来を語る鬼退治
どんな伝承か
遠見の次郎・つぶての次郎という鬼がおり、大将の鬼は国分にいた。神々の大将が筑紫の山頂に太神を集め、鬼ヶ島を退治する者を募ると、百合若太神ひとりが名乗り出た。四万八千艘の船で発ったが名島のあたりで見つかり、鬼の起こした風で兵船は沈む。百合若は投げつけられた礫を扇で受け飛ばし、白沙ヶ浜から上陸した。助命を乞う片目の鬼だけは殺さず、その鬼に食物をもらって征伐を続けたという。凱旋のとき片目の鬼を弓の先で天竺へ送り上げ、炒り豆に芽が出るか枯木に花が咲くまで降りるなと言った。それで正月七日に炒り豆をまくのだと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。