十三年間風呂で暮らす天疱瘡の男
どんな伝承か
九州大学医学部の皮膚科に、長崎県壱岐生まれの三十三歳の男が入院していた。地元の中学を出てすぐ上京し陸軍士官学校に入ったが、まもなく頭や顔に水ぶくれができて全身に広がり、ひどいかゆみと痛みに苦しむようになった。大正六年に志を捨てて郷里へ戻り、九大の旭博士に世界でも珍しい悪性天疱瘡と診断されてから入院を続けたが、どんな手当ても効かなかった。風呂に浸かっていれば苦痛をこらえられるため、十三年もの間ほとんど湯の中で暮らしてきたという。キリスト教を信じてからは運命を受け入れ、生きた標本として読書に日を送った。博士は国内でもおそらく唯一の不治の病だと語った。
原典より
この病気は、風呂にさえ入っていれば、堪えがたい痒痛をこらえることが出来るというので、そののち十三年という永い年月を、ほとんど風呂のなかで生活して来たのであった。—— 日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著)
『日本怪奇集成-明治大正昭和篇』は、富岡直方が編んだ怪奇実話集である。明治元年から昭和七年までに各地で起きた幽霊や狐狸の怪、畸形や奇病、天変や奇瑞、世相の珍事を、当時の新聞・雑誌の記事と筆者自身の聞き書きから集めている。明治・大正・昭和の三篇に分け、話ごとに年月を掲げて通し番号を振り、新聞記事を引いたうえで紙名を末尾に添える形を基本とする。