鬼王丸と名を変えた安徳天皇
どんな伝承か
糸島郡二丈町には、安徳天皇は壇ノ浦で入水せず生きのびたという伝えがある。天皇は太宰府へ難を避けて鬼王丸と名を変え、筑紫郡の安徳村で成人したのち武藤家の養子となり、武藤惟宗として九州と対馬・壱岐を治めたという。七人の男子のうち長男重尚が対馬を治め、老いた父を迎えたいと願ったので、天皇は寛元四年、筑前吉井から船出した。海が荒れて串崎に避難し、凪を待って対馬へ渡ったとき六十七歳であったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(山中耕作・宮地武彦(執筆・整理)/荒木博之(解説)・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第13巻――北九州(福岡・大分・佐賀・長崎)』は、福岡・大分を山中耕作、佐賀・長崎を宮地武彦が執筆・整理し、荒木博之が解説を担った伝説資料集の一巻である。姫島、うつぼ舟、百合若大臣、黒髪山の大蛇退治、平家谷、炭焼小五郎、河童、白米城など、北九州四県に伝わる伝説を題目ごとに収める。各題目は口承を重んじて選んだ例話を冒頭に据え、県別の類話を梗概にして伝承地と出典名を添え、近世以後の史料を文献として抜き出す編み方をとる。