十社大明神縁起が語る鬼八退治
どんな伝承か
高千穂の十社大明神をめぐる縁起や神帳の類である。文治元年の十社大明神記は、神武天皇の王子が日向の戸鷹から高知尾へ登り、谷は八つ峰は九つと歌われたあららぎの里に大里を構えたと記す。建武五年の御縁起は、兄弟の王子が高知尾峰に分け入り、乳の岩屋に住む鵜の目の明神を訪ねる道筋と、鬼八法師との争いを語る。延宝二年の神明帳は、押方の千々が岩屋にひそむ悪鬼を両神が七日にわたって攻め、三田井原まで追って討ち取り、八尺の石で押さえてもうなり続けるので体を三つに切り、日向の三田井と肥後の阿蘇と下日向に納めたと伝える。ほかに縁起巻、神蹟明細記、託宣記なども同じ争いを書き留めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。