五ヶ所村の祖母山明神が通った娘
どんな伝承か
三田井家は草葺不合尊の三男三毛入尊の後胤で、六代目に男子がなかったため豊後の大神大太惟基の一男を迎えて嫡男とし、太郎政次と称したという。大神氏の由来は、桓武天皇の延暦のころ宇佐の由原八幡宮建立のため下向した堀川大納言兼基が、豊後日向の境の塩田村に住み、長者の娘との間に女子をもうけたことに始まる。その娘に、高千穂五ヶ所村の祖母山の明神が十七、八の男子に姿を変えて通った。娘は小手巻の針をしるべに後を追い、大山の穴で大蛇の姿を見る。大蛇は腹の子は名高い者になると告げて息絶え、生まれた子が大神大太夫惟基であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。