承平三年の神託で祀られた女石大明神
どんな伝承か
長洲の名石大明神と女石大明神は、もとは二つの宮を一社に併せて祀ったものだという。景行帝二十年八月、帝の妃である御刀媛は日向国から帝の行幸先を尋ねて自ら船を進め、腹赤の浜で裳を濡らして泣き伏した。その涙が落ちた浜を長渚浜と呼ぶ。海に入ろうとした妃は老夫婦に、袖の中の瑞玉は帝が日向で密かに授けたものだから陸で祀るようにと託し、海底に沈んで石と化したという。承平三年八月十三日、腹赤の里の三歳の童子に神託があり、社を建てて石を神体とし、陸の社を名石大明神、沖の社を女石大明神と称したと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。