妙見祭帰りを化かす神原の狐塚
どんな伝承か
影森の神原に十坪ほどの狐塚がある。秩父がまだ大宮郷と呼ばれたころ、ここは町へ通じるただ一本の道だったが、木が茂った寂しい所で、野狐が通る人をたびたび化かした。十二月三日の妙見祭の帰り、三人連れのうち用を足しに残った一人が道に迷い、親切そうな夫婦の家に招かれて茶を飲むと、何もかも忘れてしまった。仲間が明け方に戻ると、男は草原で風呂とうどんのもてなしを受けたと叫んでいたが、風呂は肥溜め、うどんはみみずで、土産の魚も奪われていた。金仙寺の和尚も夜の葬式に呼ばれ、布施が木の葉だったという。のちに近郷の勇士が狐を退治して塚に祀ったと伝える。
原典より
影森の神原というところに十坪程の狐塚があります。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。