義俠の人とも伝わる将門の生涯
どんな伝承か
下総に生まれた平将門は、伯叔父との荘園管理をめぐる利害から反逆を企て、承平・天慶年間に関東各国を侵略して自ら新皇と称した。天慶三年、下野の押領使藤原秀郷が平貞盛と力を合わせて将門を攻め滅ぼし、東国はようやく平和を取り戻した。武蔵国がこの乱の舞台の一つとなったことが、秩父の地に多くの将門伝説を残す原因になったと考えられている。
原典より
将門は三男良将の子として延喜三年下総国庁で生まれたのである。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。