羽根の若党を失った羊太夫
どんな伝承か
皆野町で採集された話によると、羊太夫は和銅の宰領で、その日に鋳た和銅銭を毎日馬で都へ運び、日帰りで戻っていた。馬の口を取るのは一人の若党で、その速さは天馬が空を駆けるようだったという。ある暑い日、いつも休む矢作川の河原で、羊太夫は寝姿を決して見ないでほしいという若党の言葉に好奇心を抑えきれず、そっとのぞいてしまう。若党の両脇には羽根が生えており、羊太夫はそれを抜き捨てた。目覚めた若党は去り、馬はもう速く走れなくなった。天皇の怒りを買った羊太夫は役を解かれて山中へ移され、その墓は小鹿野町長若の般若にあると伝わる。
原典より
羊太夫の伝説については、秩父史談西秩父の巻(近藤通泰氏著) に記載されたものがあります(近藤氏の説く所は続日本紀、多胡之碑等を考証された詳細な研究です)。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。