舞い上がった櫟と舞木の地名
どんな伝承か
大昔、舞木の直毘神社の近くに櫟下と呼ばれる土地があった。数千年も成長した櫟の老大木の日陰になって毎年作物が実らず、里人は困り果てていた。樵たちが斧で数日切っても、翌朝になると伐り口が元通りに治ってしまう。そこへヨモギが、櫟は一晩のうちに木端で伐り口を塞ぐ魔力を持つから、その木端を毎日燃やして伐り進めればよいと教えた。その通りにすると七日七夜で老大木は倒れ、大音響をたてて天空に舞い上がって地に落ちた。以後、この付近を舞木と名付け、日ざしを受けた部落を間明日、日陰になった部落を日影田、根が北方へ飛んだ地点を根木屋と呼び、梢は木村まで届いたと伝えられている。
原典より
何時の頃か詳ではないが、大昔、舞木の直毘神社の近くに櫟下と呼ばれる土地があった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。