錫杖が潜らせた中地の川水
どんな伝承か
弘法大師が鬼沼湾に上陸し、湖南地方巡錫の皮切りに中地の街、今の中野にたどり着いたのは真夏の日盛りであった。喉の渇きがひどく、とある家で一杯の飲み水を所望したが、主婦は機織りの手を休めたくないため、川原の水を汲んで飲めとつれなく答えた。旅僧はやむなく町のはるか上流まで足を運んで清水を飲み、疲れを休める間、錫杖を川端に立てておいた。するとにわかに川の水は地下に潜り、伏流水と化してしまった。以後、中地の町堀には水が乗らず、直江山城守が用水堀を作っても空堀のままだった。下流の町はずれにだけ清水が湧き、大清水と呼ばれ、今は菱形沼と伝えている。
原典より
弘法大師が鬼沼湾に上陸して、湖南地方巡錫の皮切りに、中地の街(今の中野)にたどり着いたのは、真夏の暑い日盛りであった。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。