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三本足の烏を描いた大師の舟

所在地福島県郡山市湖南町福良
年代大同二年(八〇七)・天長二年(八二五)
登場弘法大師、磐梯明神
出典郡山の伝説

どんな伝承か

大同二年に病悩山すなわち磐梯山が爆発して戸ノ口原を溶岩が堰き止め、天長二年には地盤がゆるんで大陥没が起こり、想像もできぬ大きな湖が現れて四十九ヶ村が湖底に沈んだ。このころ弘法大師が北浦に巡錫し、はるか湖南の方を望むと病魔妖気のはびこる相であった。大師は戸ノ口へ直行して日橋川の吐き出し口を開き水位を下げ、丸木舟で材木山に渡って磐梯明神と北方の鎮護を謀った。南へ舟を進めたが赤崎の鼻で難破しかけ、岩壁に護摩壇を設けて祈願した。烏ヶ崎で新しい舟を刻み、渚の岩礁に三本足の烏を描いて舟子の安全を祈ったという。舟を削った木っ端は魚となり、湖南の赤はらになったと伝わる。

原典より

大同二年(八〇七)病悩山(磐梯山)が爆発して、戸ノ口原を溶岩で堰き止め、白砂郡の低い地点は次第に水が溢れ、人民が非常に苦しんでいたところへ、さらに十数年後の天長二年(八二五)には地盤がゆるみ、大陥没を起こし、天変地異が相…—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))

『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。

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