野橋の代掻きを助けた鼻取地蔵
どんな伝承か
中田町中津川の野橋に鼻取地蔵が祀られている。野橋は中津川の本部落から約三キロ山へ入った二十七戸の集落で、現在の中津川の発祥の地といわれる。昔、野橋の百姓が夫婦で代掻きを始めたところ、馬が鼻取りの言うことを聞かなくなった。そこへ頭をくりくりにした子どもが現れて鼻取り竿を持つと、馬はおとなしくなり、田は立派に代掻きされた。礼をしようと見ると子の姿はなく、泥の足跡が地蔵堂まで続いていて、地蔵が化身して助けたのだと分かった。堂は野橋の宗像鴨之巫が建てたが、地蔵はのちに盗まれ、旅の僧に、いわきの好間あたりにあると教えられて迎えに行き、無事に戻ったという。
原典より
中田町中津川の野橋に鼻取地蔵が祀られている。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。