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貞観に開かれ明治に焼けた南陽寺

所在地福島県郡山市西田町土棚内出(南陽寺)
年代貞観年中〜明治二年
登場田村古哲、橋本明則、円珍法師、聖山法人、田村政顕、祐応法師、橋本定則、岩谷文輔、円珍法師、開山、住僧、領主、招請僧、再建者、伝承提供者
出典郡山の伝説

どんな伝承か

昔、西田町土棚の内出に南陽寺という寺があったという。貞観年中に田村古哲が円珍法師を招いて開山した天台宗の寺院で、弘安年間には聖山法人という僧が住み、田村政顕の命により国家鎮護を祈った。その功でこの地が平定されたため、寺領として田五町を賜ったという。天文年中、橋本明則が高野城を改築した際、累代の菩提を弔うために大和国高山から祐応法師を招き、円珍が祀った地蔵菩薩に代えて阿弥陀如来を本尊とし、東高山延寿院と称した。永禄八年に南陽寺と改称し、明則の子定則が天正五年、父の十三回忌を供養するために寺を再建した。明治二年十月二十八日、火災に遭って全焼し、再建はされなかったという。

原典より

昔、西田町土棚の内出に、南陽寺というお寺があったという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))

『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。

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