久保田にいたいと動かなくなった梵鐘
どんな伝承か
昔、久保田の阿弥陀寺には梵鐘がなく、和尚も寺世話人も村の人々も長年欲しがっていたが、なかなか買い求められなかった。ある日、菊田庄、今のいわき市勿来の関山寺の檀家たちが、大八車に鐘を積んで日和田の鋳物師の唐金屋へ運ぼうとやって来た。当時、久保田へ南から入るにはかなりの急坂で、藤の井酒屋の前まで来た大八車は鐘の重みで壊れてしまった。困っているのを酒屋の先々代の旦那が見とがめ、話をするうちに譲ってもよいということになり、寺が買い受けたという。また一説には、この鐘は久保田にいたいと言って動かなくなったともいう。
原典より
昔、久保田の阿弥陀寺には、梵鐘がなかった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。