雛も幟もたてない家の言い伝え
どんな伝承か
富田町に、三月節供の雛を飾らず、五月節供の幟も立てない家がある。自分の家に子が生まれても雛や幟を持って来ないよう、前もって知らせておくのだという。理由は知らないが、古くからのいい伝えだという。富田地区では雛を飾らない家は少ないものの、幟を立てない家は多く、五月節供の蘆巻き団子を作らない家も多い。昔、伊達政宗の軍勢が安積を攻めたとき、ちょうど宵節供で、皆が一生懸命に蘆巻き団子を作っている隙に館の堀の水を落として攻め込んだので、慌てふためいて戦い、空腹に耐えかねて生の団子をかじりながら戦った者もいた。その先祖の労苦をしのんで、今も蘆巻きを作らないのだという。
原典より
富田町に、三月節供の雛を飾らないし、五月節供の幟をたてない家がある。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。