ミョウガ責めの三代宿
どんな伝承か
三代宿は白河街道でも賑わった宿場で、田が少ないため山裾を焼いて蕎麦を作り、旅人をもてなしていた。あるとき、裕福そうな渡世人が宿に泊まり、ずっしり重い財布を宿の女房に預けた。女房は茗荷を食べると物忘れをするというので、茗荷づくしの料理と名物の蕎麦でもてなした。客は喜んで何度もおかわりしたが、その晩、賭場で負けて財布を持ち出したまま、翌朝早く発ってしまった。宿の女房も起きることも宿賃を取ることも忘れていた。味見で茗荷の汁を存分に飲んだせいだという。
原典より
三代宿は、白河街道でも賑わった宿であった。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。