直訴の惣代を打った茂平河原
どんな伝承か
享保十三年、福原村に大雨が降り、宝沢沼の水があふれて堤防が崩れそうになった。村人が届け出ると、代官の指図で横土手を掘ったところ、たちまち決壊して沼下一帯に水があふれ、大川へ流れ込んだ。田畑は海のようになり、収穫はほとんどなかった。免税を代官所へ願い出ても聞き入れられず、村は惣代を選んで二本松の大目付へ直訴した。若干の免税は認められたが、惣代六名は茂平河原で鞭打ちの刑に処せられたという。茂平河原の名は、当時の代官三浦茂平の名を取ったものと伝えられる。
原典より
享保十三年の昔、福原村に大雨が降り宝沢沼に水があふれ、堤防がこわれそうになった。—— 郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(ふるさとの文化財調査事業・昭和六十一年(1986)刊/監修 大島建彦)
福島県郡山市(旧安積郡・田村郡域、湖南・熱海・三穂田・逢瀬・西田・中田ほか各町)に伝わる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事の八部門に分類して集成する。坂上田村麻呂や阿古陀媛・采女伝説・萩姫、源義家ら前九年の役の人物伝承、淵や池の主・龍神・河童、弘法大師の清水、稲荷・観音・地蔵の霊験、長者伝説や埋蔵金、隠れキリシタンなど、郡山の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を伝承地つきで網羅する。