人年貢を絶った三毛犬四毛犬
どんな伝承か
昔、高安は人家が少なく大林に囲まれ、役人も入らぬ「心安き村」であった。文徳天皇の代、地頭と名乗る者が現れ、十一歳の子を人年貢として差し出せと申し渡し、毎年春秋に二人ずつ連れ去った。ある夜、宿を借りた座頭が一部始終を聞き、彼らが甲斐国八代郡の南宮宝性大神社の三毛犬四毛犬を恐れる文句を口にしたことから狐狸の類と見破り、二匹の犬を借りるよう教えた。村人は大きな家の窓を板で塞ぎ、酒に酔わせた一行に犬を放った。犬は子牛ほどの古狸をはじめことごとく食い殺したが、深手を負って死んだ。村人は両犬を葬って小宮を建て、犬の宮子易聖真子両大権現として祀ったという。
原典より
昔、高安は田地や人家が少なく、南は文珠山より北方の狐崎まで山続きで、西北の間、狐崎より七本松山の麓まで森々たる大林で、萱や芦等生い茂り、更に、人の通行する道がありませんでした。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。