すのしまの里の夏刈城と資福寺
どんな伝承か
夏刈のあたりは「すのしまの里」と言われ、古くから開けた土地であると言われている。同地の古い記録「夏刈方角道法」によれば、今からおよそ六百年前、長井氏の一族である長井左エ門義実が居城していた所と記されている。今の夏刈橋の近くには伊達氏の菩提寺、資福寺があった。境内は二町四方もあり、二重の土堤がめぐらされ、関東十刹の一つに数えられて偉い学僧を多く輩出した。本堂の近くには方十間ばかりの蓮池があり、池の小島の観音堂には行基の作と伝えられる二尺五寸の金色の木像が安置されていた。像は政宗が仙台へ移封される時に米沢東寺町の福泉寺へ納められたが、米沢大火に遭って片手だけが残ったという。
原典より
夏刈辺は「すのしまの里」と云われて、古くから開けたところであると云われております。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。