一番槍の功を伝える二井宿の静田橋
どんな伝承か
今から三百三十年ほど前、屋代郷二井宿村の志田城に、遠藤吉兵衛尉盛利という武勇の名高い将がいた。上杉の家臣直江兼続に属していたが、伊達方の白石城主片倉小十郎が湯の原の豪士横尾筑前を先手として二井宿を乗っ取ろうと企てた。高畠城主春日右衛門尉のもとに寄食していた浪人平戸源五郎が誘われて内応しようとしたが露見し、縛られたところを番人を欺いて逃れた。片倉らは志田城へ攻め寄せたが、盛利は険しい地形を利して大木大石を落とし、そこへ春日右衛門の加勢が到着した。静田彦兵衛は真っ先に敵中へ躍り込んで三騎を突き伏せ、敵は湯の原へ敗走した。その働きを記念してその所の橋を静田橋と名づけ、いまも二井宿に残るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。