矢田地蔵に救われた武者所康成
どんな伝承か
大和の金剛山寺、通称矢田寺に伝わる『矢田地蔵縁起』の話である。天慶年間、大和国宇智郡桜井郷に武者所康成という者がいた。継父の振る舞いを憎んで殺そうとしたところ、誤って実の母を手にかけてしまい、その業によって死後ただちに無間地獄へ堕ちた。しかし生前に罪を深く悔い、矢田の地蔵尊へ月ごとに参詣していたことから地蔵菩薩の助けを得て、苦しみの報いを免れ、三日ののちに生き返ることができた。矢田寺の地蔵は、満米聖人が閻魔王宮へ赴いた折に出会った地蔵菩薩を模して造ったものと伝わる。武士身分の人物が重い殺生の罪を犯しながら地蔵への信仰で救われる筋立てで、将門と同時代の蘇生譚として注目される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。