清涼殿の落雷と菅公の怨霊
どんな伝承か
菅公の怨霊についての噂は、延喜の末から延長にかけてますます広がり、人々に異常な実感をもって受け止められるようになった。延長五年十月には、清涼殿の御座所の近くでやかましい叫び声が上がるなどの怪異が相次ぎ、『重明親王記』によれば、その夜、故大宰菅帥の霊が大和守兼茂のもとに現れて、近く朝廷に大事が起こると予言したという。そして延長八年六月二十六日、清涼殿に雷が落ち、大納言藤原清貫と右中弁平希世のほか近衛の官人二人が死んだ。これもまた菅公の怨霊の仕業だとして言い広められたと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。