満濃池修築と大師伝説の発生
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どんな伝承か
最澄は桓武天皇の招きを受けて名声を高め、天台法華宗の開立を勅許されて比叡山寺を本拠に布教した。唐から帰った空海はしばらく大宰府にとどまり、のち入京して真言の布教に努め、紀伊国伊都郡の高野山に本寺を置いた。両者は当初親密だったが、弘仁七年(八一六)最澄の高弟が空海の真言に改宗し絶縁、以後全国布教で勢力を競った。弘仁十一年(八二〇)の翌年には、朝廷と故郷の人々の要請で空海が讃岐国の満濃池修築に活躍したという。この技術と教えを持ち弟子たちが全国に散り、「弘法大師がこう言われた」との話が各地で奇跡譚や高野聖の作り話となり、大師伝説が広まったとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・昭和五十年(1975)刊)
小森良章『神奈川の史実と伝説』(昭和50年=1975刊)を、史実につながる伝説十一篇を節単位で全59事例として収録。
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川崎市の伝承
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