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海から引き上げた大師の尊像

所在地神奈川県川崎市川崎区大師町(川崎大師)
年代平安時代(大治三年=1128)
登場平間兼乗、弘法大師、尊賢上人、平間兼豊、兼乗の父
出典神奈川の史実と伝説

どんな伝承か

川崎大師の正式な名は金剛山金乗院平間寺という。平安時代、源義家に仕え尾張に領地を持っていた平間兼豊は、無実の罪で領地を取り上げられ、子の兼乗とともに川崎の海辺で漁をして暮らしながら潔白が認められる日を待ったが、果たせぬまま亡くなった。熱心な真言宗徒だった兼乗は、四十二歳の厄年に弘法大師へ厄除けを願い、読経を欠かさなかった。すると夢に大師が現れ、唐へ渡る時に海に流した自作の像が家の前の海に沈んでいると告げる。兼乗が早朝に舟を出し、光る所に網を打つと尊像が上がった。小堂に祀っていると高野山の尊賢上人が訪れ、二人で寺を建てたのが始まりで、大治三年のことと伝える。

原典より

ここぞとばかり網を打つと、果して大師の尊像がかかってきた。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))

『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。

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