追浜に漂着した範頼と大寧寺での自害
どんな伝承か
横浜市金沢区片吹町の大寧寺には、源範頼にまつわる次のような話が伝わる。伊豆修善寺で梶原景時の軍勢に襲われた範頼は危うく逃れ、山を越えて東の海岸から上総へ渡ろうと小舟を出したが、荒波に押し流されて今の横須賀市追浜の浜に打ち上げられた。漁師の平兵衛が範頼と家来四人を裏山の洞穴にかくまったものの、幕府の追っ手が迫ったため、一行は平兵衛を伴い、範頼がかつて建てた金沢の薬師寺に入って自害したという。その日は八月二十四日とされ、戒名の大寧寺殿から寺の名が改まり、寺にはこの日を命日とする五輪塔が残るという。
原典より
秘かに山越えをして東海岸に逃れた範頼は上総に落ちるつもりで小舟をこぎ出したが、海が荒れて流され千葉には渡れず現在の横須賀市追浜海岸に打ち上げられてしまった。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。