範頼謀反の陰にいた北条時政
どんな伝承か
曽我兄弟の仇討ちの後、まだ富士の巻狩に参加せず鎌倉にいた源頼朝の弟・範頼は、時を移さず「謀反」の罪を着せられて捕らえられ、伊豆修善寺に幽閉されたのち、梶原景時配下の軍勢によって暗殺同然に討たれた。著者は、生き残った曽我五郎の処刑を急いで済ませた点などから、範頼を擁立し頼朝を排除しようとした黒幕は、実は北条時政だったのではないかと推測している。
原典より
兄弟の仇討ち事件のため日程を早めて帰鎌した頼朝は、時を移さず範頼に「謀反」の罪状を着せ逮捕させると同時に、伊豆に幽閉し、さらに暗殺同様の手段で殺させてしまった。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。