伏木の洞に潜んだ頼朝と梶原景時
どんな伝承か
石橋山に敗れた翌日、一帯の山で残党狩りが始まった。頼朝や北条親子はいまの湯河原町杉山まで落ちのびたが、大庭勢の追撃はゆるまない。固まっていては見つかるというので、頼朝は土肥実平以下八人に守られ、遠く千葉常胤を頼って落ちる約束を決めて北条親子と別れた。そこへ落武者狩りが沢伝いに近づく物音が聞こえ、頼朝らはとっさに倒れた大木の大きな洞に身を隠した。洞の入口で足音がとまり、大庭景親らしい声が「どうだ梶原、その中あたりがあやしいぞ」と言うとともに、若武者の顔が中をのぞき込んだ。頼朝と目が合ったが、若武者は手まねで頼朝を制すると外へ出て、誰も隠れていないと報告した。頼朝は梶原景時に救われたのである。
原典より
とっさに頼朝らは倒れた大木の大きな洞をみつけて身をかくし、息を飲んでひそんでいた。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。